最新超現代語訳マキャベリ『リーダー論』

XV 15

人間、ことにリーダーは何がもとで称賛され、また非難されるか

(1) 残る問題は、リーダーが{部下}や{仲間}たちにどう振舞えばよいかを見ることだ。

(2) この手の論題について多くの人々が書き著してきたのを私も知っているから、この私もまた書くとなると、出すぎたまねと思われはしないか心配だ、それにこうした題材を議論するのに私は先人のしきたりと随分かけ離れてもいる。

(3) しかし私の意図は、これを理解してくれる人に役立つ内容を書くことで、物事の想像よりもその生々しい真実にじかに踏み込む方がよかろうと思うのだ。

(4) 多くの人々は{共和国}や{君主国}*[i]を想像で描いてきたが、それは本物を目の当たりにしたのでもなければ、つきとめたわけでもなかった。

(5) 彼らにとってはどう生きているかということと、いかに生きるべきかということとが繋がっていないから、こうあるべきという理想のために実際やっていることに目を向けないようでは、自分たちを守れるどころかすぐにも破滅が目の前に。なぜならいつでもどこでも善人でいたい人は、そうではない多くの人々の間でつぶされるのが落ちだからだ。

(6)だから必要なのは、自らリーダー であり続けようとすれば、よくない人間にもなれること。必要に応じてそうしたり、しなかったりできるよう学ばなければならない。

(7) それでは想像上のリーダーのことは脇に置いて、本当のところを話そう。それにしてもどのような人間であれ噂の対象となると、ましてやリーダーほどにもなれば地位が高いため、いろいろな性質が云々され非難の的となったり賞賛を受けたりするもの。

(8) つまりあるリーダーは気前がいいとか、ある人はみみっちいだとか、(ここではトスカーナの言葉を使っておくが、というのもわれわれの言語にある「しみったれ」とは盗んででも得ようとする輩を指すわけで、みみっちいとなると自分のものはできるだけ出し惜しむ者のことをいう)、またある人は羽根りがいいとか、ある人は強欲だとか、ある人は冷酷だとかある人は慈悲深いというようにである。

(9) また一方は不誠実で他方は誠実だとか、かたや女性的でいくじがないが、もう一方は凶暴で気性が激しいとか、こちらは人間味にあふれているがあちらは傲慢だとか、こちらは好色で向こうは節操があるとか、廉直だいや狡猾だ、堅物だいや気さくだ、物静かだいや軽薄だ、宗教心に富むいや信仰心がない、などなど。

(10) 思うに誰もが告白するだろうが、とあるリーダーに上記のすべての性質の中でもよいと思われている方ばかりが認められればそれこそ賞賛に値しよう。

(11) しかしこうした性質をすべて身につけ全部守ることなどできるわけはなく、そうならないのが人間の条件なのだから、必要なのは十分慎重であって、{国}*[ii]を失うハメとなるような悪行の評判は避けること。またそこまでは至らずとも、できれば悪い性質とは無縁であるように、といっても不可能であればそれほど気にせず打ち捨てておけばよい。

(12) だがそうした悪行の評判なくして{国}*[iii]を救うのが困難であるのなら、そこに飛び込むのを気にしてはならない、というのもすべてをよく考えてみれば、多くの人が「いいね」と思っても、それをやり続けるやその{国}の破滅につながることもあり、また「ダメだ」と反対する人が多かろうとも、それをやり続けることでその{国}の繁栄と安全が生み出されることもあるからなのだ*[iv]

 



[i] 「共和国」や「君主国」、現代のさまざなな組織体に置き換えることもできよう、ex.「株式会社」や「ワンマン中小企業」、「教授会」や「大学理事会」...

 

[ii] 社会に存在する、ある秩序だった組織体なら何でも置き換えられよう。

 

[iii] 英語ではstateに当たる「国」のところにも「会社」「大学」「チーム」などいろいろな組織体が代入できそうだ。

 

[iv] この段落全体に対して、Ugo Dotti 氏の注釈アリ。『ローマ史論』第1巻第27章の一節が引かれている。「gli uomini non sanno...come una malizia ha in se’ grandezza, o e’ in alcuna parte generosa” 」、さだめしこんな意味になるだろう。「人々は知らないのだ、とある悪にはそれ自体の中に偉大さがあり、またある面では多くをもたらすことを。」

 

XV  第15章

De his rebus quibus homines et presertim principes laudantur aut vituperantur.

人間、ことにリーダーは何がもとで称賛され、また非難されるか

(1) Resta ora a vedere quali debbino essere e modi e governi di uno principe o co' subditi o con li amici.

残る問題は、リーダーが{部下}や{仲間}たちにどう振舞えばよいかを見ることだ。

(2) E perché io so che molti di questo hanno scripto, dubito, scrivendone ancora io, non essere tenuto prosumptuoso, partendomi maxime, nel disputare questa materia, dalli ordini delli altri.

この手の論題について多くの人々が書き著してきたのを私も知っているから、この私もまた書くとなると、出すぎたまねと思われはしないか心配だ、それにこうした題材を議論するのに私は先人のしきたりと随分かけ離れてもいる。

(3) Ma sendo l'intenzione mia stata scrivere cosa che sia utile a chi la intende, mi è parso più conveniente andare drieto alla verità effettuale della cosa che alla immaginazione di epsa.

しかし私の意図は、これを理解してくれる人に役立つ内容を書くことで、物事の想像よりもその生々しい真実にじかに踏み込む方がよかろうと思うのだ。

(4) E molti si sono immaginati republiche e principati che non si sono mai visti né conosciuti in vero essere.

多くの人々は{共和国}や{君主国}*[i]を想像で描いてきたが、それは本物を目の当たりにしたのでもなければ、つきとめたわけでもなかった。

(5) Perché gli è tanto discosto da come si vive a come si doverrebbe vivere, che colui che lascia quello che si fa, per quello che si doverrebbe fare, impara più presto la ruina che la perservazione sua: perché uno uomo che voglia fare in tutte le parte professione di buono, conviene che ruini infra tanti che non sono buoni.

彼らにとってはどう生きているかということと、いかに生きるべきかということとが繋がっていないから、こうあるべきという理想のために実際やっていることに目を向けないようでは、自分たちを守れるどころかすぐにも破滅が目の前に。なぜならいつでもどこでも善人でいたい人は、そうではない多くの人々の間でつぶされるのが落ちだからだ。

(6) Onde è necessario, volendosi uno principe mantenere, imparare a potere essere non buono et usarlo e non usarlo secondo la necessità.

だから必要なのは、自らリーダー であり続けようとすれば、よくない人間にもなれること。必要に応じてそうしたり、しなかったりできるよう学ばなければならない。

(7) Lasciando adunque adrieto le cose circa uno principe immaginate, e discorrendo quelle che sono vere, dico che tutti li uomini, quando se ne parla, e maxime e principi, per essere posti più alti, sono notati di alcune di queste qualità che arrecano loro o biasimo o laude.

それでは想像上のリーダーのことは脇に置いて、本当のところを話そう。それにしてもどのような人間であれ噂の対象となると、ましてやリーダーほどにもなれば地位が高いため、いろいろな性質が云々され非難の的となったり賞賛を受けたりするもの。

(8) E questo è che alcuno è tenuto liberale, alcuno misero, - usando uno termine toscano, perché avaro in nostra lingua è ancora colui che per rapina desidera di avere: misero chiamiamo noi quello che si astiene troppo di usare il suo; - alcuno è tenuto donatore, alcuno rapace; alcuno crudele, alcuno piatoso;

つまりあるリーダーは気前がいいとか、ある人はみみっちいだとか、(ここではトスカーナの言葉を使っておくが、というのもわれわれの言語にある「しみったれ」とは盗んででも得ようとする輩を指すわけで、みみっちいとなると自分のものはできるだけ出し惜しむ者のことをいう)、またある人は羽根りがいいとか、ある人は強欲だとか、ある人は冷酷だとかある人は慈悲深いというようにである。

(9) l'uno fedifrago, l'altro fedele; l'uno efeminato e pusillanime, l'altro feroce et animoso; l'uno umano, l'altro superbo; l'uno lascivo, l'altro casto; l'uno intero, l'altro astuto; l'uno duro, l'altro facile; l'uno grave, l'altro leggieri; l'uno religioso, l'altro incredulo, e simili.

また一方は不誠実で他方は誠実だとか、かたや女性的でいくじがないが、もう一方は凶暴で気性が激しいとか、こちらは人間味にあふれているがあちらは傲慢だとか、こちらは好色で向こうは節操があるとか、廉直だいや狡猾だ、堅物だいや気さくだ、物静かだいや軽薄だ、宗教心に富むいや信仰心がない、などなど。

(10) Et io so che ciascuno confesserà che sarebbe laudabilissima cosa in uno principe trovarsi, di tutte le soprascripte qualità, quelle che sono tenute buone.

思うに誰もが告白するだろうが、とあるリーダーに上記のすべての性質の中でもよいと思われている方ばかりが認められればそれこそ賞賛に値しよう。

(11) Ma perché le non si possono avere tutte né interamente observare, per le condizioni umane che non lo consentono, è necessario essere tanto prudente che sappi fuggire la infamia di quegli vizii che gli torrebbono lo stato; e da quegli che non gliene tolgano guardarsi, se egli è possibile: ma non possendo, vi si può con meno respecto lasciare andare.

しかしこうした性質をすべて身につけ全部守ることなどできるわけはなく、そうならないのが人間の条件なのだから、必要なのは十分慎重であって、{国}*[ii]を失うハメとなるような悪行の評判は避けること。またそこまでは至らずとも、できれば悪い性質とは無縁であるように、といっても不可能であればそれほど気にせず打ち捨てておけばよい。

(12) Et etiam non si curi di incorrere nella infamia di quelli vizii, sanza e quali possa difficilmente salvare lo stato; perché, se si considera bene tutto, si troverrà qualche cosa che parrà virtù, e seguendola sare' la ruina sua: e qualcuna altra che parrà vizio, e seguendola ne nasce la sicurtà et il bene essere suo.

だがそうした悪行の評判なくして{国}*[iii]を救うのが困難であるのなら、そこに飛び込むのを気にしてはならない、というのもすべてをよく考えてみれば、多くの人が「いいね」と思っても、それをやり続けるやその{国}の破滅につながることもあり、また「ダメだ」と反対する人が多かろうとも、それをやり続けることでその{国}の繁栄と安全が生み出されることもあるからなのだ[iv]


[i] 「共和国」や「君主国」、現代のさまざなな組織体に置き換えることもできよう、ex.「株式会社」や「ワンマン中小企業」、「教授会」や「大学理事会」...

 

[ii] 社会に存在する、ある秩序だった組織体なら何でも置き換えられよう。

 

[iii] 英語ではstateに当たる「国」のところにも「会社」「大学」「チーム」などいろいろな組織体が代入できそうだ。

 

[iv] この段落全体に対して、Ugo Dotti 氏の注釈アリ。『ローマ史論』第1巻第27章の一節が引かれている。「gli uomini non sanno...come una malizia ha in se’ grandezza, o e’ in alcuna parte generosa” 」、さだめしこんな意味になるだろう。「人々は知らないのだ、とある悪にはそれ自体の中に偉大さがあり、またある面では多くをもたらすことを。」

 

XVII

17

冷酷さと憐れみ深さについて;リーダーは恐れられるより愛された方がよいのか、あるいはその逆か

 

(1) どのリーダーであれ冷酷ではなく慈悲深いと思われるようにすべきなのはもちろんだが、私の言いたいのはこうした慈悲深さをへたに使わぬよう気をつけることだ。

(2) チェーザレ・ボルジアは冷酷だと思われていた。しかしその彼の冷酷さがロマーニャ地方*[i]を立て直し、一つにまとめ平和と信頼関係に導いた。

(3) このことをよく考えてみれば、彼はフィレンツェ市民よりもずっと慈悲深かったのがわかろう、後者は冷酷の汚名を免れようとピストイアの町が破壊されるままに任せたのである。

(4) だからリーダーは自分の領民{or 部下}をまとめ信頼関係を維持するためには、冷酷だとの評判に気を煩わせる必要はない、なぜなら冷酷な振舞いを極力少なくできれば、あまりの慈悲深さから無秩序へ、さらにそこから殺し合い{or 弱肉強食}略奪{or 詐欺・盗み}を生む人々よりも、むしろ慈悲深いことになるわけで、なぜなら行き過ぎた慈悲深さは全体を傷つけ、リーダーの断固たる処置はある特殊な人々のみを傷つけるのだ。

(5) すべてのリーダーの中でも新リーダーとなると、冷酷の評判を免れることなど不可能なのである*[ii]

(6) ウェルギリウスはディドの口をかりてこう言っている。「必然の厳しさと国の新しさが、広大な辺境を守らんがため、私をしてこのような処置をとらせるのだ」と。

(7) とはいえリーダーは信用するにも行動をおこすにも慎重であること、また自分自身の影におびえてはならない{or 自分の想像や思い込みに振り回されてはならない}。思慮と人間味をもちつつ、あまりに信用しすぎて早まることなく、また猜疑心にこりかたまって意固地にならないように。

(8) ここで一つの議論が生まれるが、リーダーは恐れられるよりも愛された方がよいのか、あるいはその逆の方がよいのだろうか。

(9) そのどちらも必要と誰もが言うけれども、両方を兼ね備えるのは難しいから、二つのうちどちらかを捨てねばならないとすれば、愛されるより恐れられる方がいっそう確かである。

(10) なぜなら人間とは一般にこうなのだ、つまり恩知らずで、移り気で、ウソが多くてしらばっくれ、危険からは逃げ出し、儲けには目がないもの、彼らによくしてあげている間は皆あなたの仲間であり、血も家財も生活も息子たちまであなたに差し出そうとするが、先にも述べたように、そうした必要性がはるか先の時は、である。だが、いざとなると彼らは背を向け、彼らの言葉に全面的に頼っていたリーダーは、他の準備が手付かずのままだから滅びていく。

(11) なぜなら金品によって得られる友情{友愛}とは、精神の高貴さ偉大さを通じたものとは違ってそれだけの値打ちにとどまり、もはや長続きせず、いざという時には使うこともできない*[iii]。また人間とは恐れをいだく人よりも、愛すべき人を傷つける傾向がある。というのも愛情*[iv]は恩義{≒無償の愛}によって保たれているものだが、その絆は人間の邪悪さゆえに自分の利益のからむあらゆる機会に断ち切られてしまう、他方恐れは刑罰の恐怖から持続性があり、あなたから消えることはない。

(12) とはいえリーダーは愛されないとしても、憎まれないように恐れられねばならず、恐れられることと憎まれないこととは見事に両立するのである*[v]

(13) このことは市民や領民の財産、婦女子に手を出さなければ常に成し遂げられよう。ただある一族と敵対する場合には、ふさわしい正当化と公然たる理由をあげて行うこと。

(14) とくに他人の所有物には絶対手を出さないように、なぜなら人間は財産の損失よりも父親の死をすぐにも忘れるくらいだから。それに所有物を奪う理由は種切れることがなく、強奪して生活し始める輩は他人の物を奪い取る理由を常に見つけ出す*[vi]。反対にお家つぶしに訴える理由はいたって稀で、すぐにも種切れとなってしまう。

(15) しかしリーダーが大軍隊の多数の兵士を統率していくには、冷酷と呼ばれようが気にすることなどあってはならない。なぜならこうした評判なくして軍隊をまとめ上げ、軍事契約を締結することなどあり得ないのだ。

(16) ハンニバルの驚嘆すべき行いの中でも次のことが挙げられる、つまり彼は多種多様な民族からなるとてつもない大軍隊を率いながら、異国の土地で軍事活動を展開したにもかかわらず、兵士間でもリーダーに対しても、またよい運命にある時も悪い時も、そこではいかなる不和も生じなかった。

(17) このことは他でもなくあの彼の人間離れした冷酷さがあったからこそできたことで、その性質が彼の数ある資質[ヴィルトゥ]と相まって、彼の兵士たちの胸にいつも崇拝と恐れ*[vii]の念を形成したのであった。

(18) あの性質がなかったなら、同じ成果を得ようにも彼のその他の資質を寄せ集めたところで十分とはいかなかったろう。この点について、著述家たちは深く考えもせず、一方で彼の行いを賞賛しつつも、他方ではその結果の一番の原因を非難している。

(19) それとスキピオの場合を考えても確かだと思われるが、彼の諸々の美質[ヴィルトゥ]をかき集めたところで十分とはいかなかっただろう。スキピオはかの時代はおろか物事のあらゆる記憶を通じても稀な存在で、というのも彼の軍隊はイスパニアの地で反乱を起こした。これはまさに彼のあまりの慈悲深さから生じたことであり、その性質こそが彼の兵士らをして軍規よりも放縦に向かわせたのであった。

(20) この一件は元老院のファビウス・マクシムスによって叱責され、同じく彼はこれぞローマ軍制の腐敗と呼んだ。

(21) ロクリス人といえば、スキピオの代理特使の略奪にさらされたわけだが、彼らは報復もあたわず、また当の代理特使もスキピオによって処罰されることもなく、これはすべて彼の甘やかす性質から生まれたことだった。そこで元老院にてスキピオの弁護にあたった者は、スキピオというのは過ちを矯正するよりも、間違った行いをするまいとする人間であったのだ、と述べた。

(22) そうした性質は、もしもスキピオが帝国で同様の地位に留まっていたなら、時間とともに彼の名声と栄光を汚したことだろう。が、彼は元老院の指揮下に入ったため、危うい彼の性質は表立たずにすんだばかりか、栄光につなぎとめたのである。

(23)さて結論*[viii]づけるなら、恐れられることと愛されることだが、人々が愛するのは自分あってのことで、恐れるのはリーダーあってのことだから、賢明なリーダーは他人のものではなく自分のものに基づく必要がある。ただ前にも述べたように、憎しみは何としてでも避けること。

 



[i] 教皇領の東北部、チェゼーナという小さな村がある。第6章で語られるとおり、その広場でチェーザレの右腕レミッロ・デ・オルコは死体となって晒された。ちなみに、サッカー日本代表の長友選手が最初にイタリアで所属したチームがチェゼーナだったはず。

 

[ii] マキャベリの前半の主張は、すべてを最初から作り上げていく新リーダーにとっては、過度の慈悲深さは禁物でむしろ冷酷な対処全体の秩序優先が必要というもの。

 

[iii] いきなり「金品を介した友情」が出てきて戸惑うが、すぐ上の段落内の「彼らによくしてあげている」その中身の多くなのだろうか。はっきりしているのは、リーダーと支持者の繋がりにおいて、マキャベリは金品より精神的縛りの方がその影響力と持続力大としているのは明らか。

 

[iv] マキャベリの「愛」amoreの意味にはいくつかあるようだ。一般に「アガペ(神的愛),エロース(恋愛),フィリア(友愛)」の三相で、キリスト教の説く三大徳目の一つ「アガペ」はマキャベリにとって飽くまでも想像上の世界においてのみ成り立つ。

 

[v] さて私にとってもっとも難関な箇所;次の段落あるように、「市民や領民の財産、婦女子に手を出さなければ」恐れられることと憎まれないこととはうまく両立するとあるがそんなに簡単なことだろうか、そもそもここが引っかかりの出発点となっている。やはり「恐れ」は「畏れ」でないと無理なのでは。

 

[vi] 例えばどんな具体例を考えればよいのか。かつてアジアを植民地化したヨーロッパあるいは現代のトランプ大統領、一国内で考えるとどういう人間たちを念頭に置けば文脈・文意を押さえることができるだろうか。俗にいう抜け目ない政治家たち?

 

[vii] マキャベリの「恐れ」には、ハンニバルに認められる「崇拝」の要素がある。「畏怖」といってよいのかも知れない。

 

[viii] 「リーダーは愛されるべきか、恐れられるべきか」、マキャベリの超有名な論点は、「恐れられる」側に軍配があがる。リーダーの、それも新リーダーのもっとも重要な仕事が本章では軍事力の行使にあるわけだが、成果に導くには兵士らに恐れられることが欠かせない。さてこの「軍事力」は現代に限りなく引き移すなら何に当たるだろうか、やはり軍事力いや経済力か、それとも技術力か。

 

XVII 第17

De crudelitate et pietate; et an sit melius amari quam timeri, vel e contra.

冷酷さと憐れみ深さについて;リーダーは恐れられるより愛された方がよいのか、あるいはその逆か

 

(1) Scendendo appresso alle altre qualità preallegate, dico che ciascuno principe debbe desiderare di essere tenuto piatoso e non crudele: nondimanco debbe advertire di non usare male questa pietà.

どのリーダーであれ冷酷ではなく慈悲深いと思われるようにすべきなのはもちろんだが、私の言いたいのはこうした慈悲深さをへたに使わぬよう気をつけることだ。

(2) Era tenuto Cesare Borgia crudele: nondimanco quella sua crudeltà aveva racconcia la Romagna, unitola, ridottola im pace et in fede.

チェーザレ・ボルジアは冷酷だと思われていた。しかしその彼の冷酷さがロマーニャ地方*[i]を立て直し、一つにまとめ平和と信頼関係に導いた。

(3) Il che se si considera bene, si vedrà quello essere stato molto più piatoso che il populo fiorentino, il quale, per fuggire il nome del crudele, lasciò distruggere Pistoia.

このことをよく考えてみれば、彼はフィレンツェ市民よりもずっと慈悲深かったのがわかろう、後者は冷酷の汚名を免れようとピストイアの町が破壊されるままに任せたのである。

(4) Debbe pertanto uno principe non si curare della infamia del crudele per tenere e subditi sua uniti et in fede: perché con pochissimi exempli sarà più pietoso che quelli e quali per troppa pietà, lasciono seguire e disordini, di che ne nasca uccisioni o rapine; perché queste sogliono offendere una universalità intera, e quelle execuzioni che vengano dal principe offendono uno particulare.

だからリーダーは自分の領民{or 部下}をまとめ信頼関係を維持するためには、冷酷だとの評判に気を煩わせる必要はない、なぜなら冷酷な振舞いを極力少なくできれば、あまりの慈悲深さから無秩序へ、さらにそこから殺し合い{or 弱肉強食}略奪{or 詐欺・盗み}を生む人々よりも、むしろ慈悲深いことになるわけで、なぜなら行き過ぎた慈悲深さは全体を傷つけ、リーダーの断固たる処置はある特殊な人々のみを傷つけるのだ。

(5) E infra tutti e principi al principe nuovo è impossibile fuggire il nome di crudele, per essere gli stati nuovi pieni di pericoli.

すべてのリーダーの中でも新リーダーとなると、冷酷の評判を免れることなど不可能なのである*[ii]

(6) E Vergilio nella bocca di Didone dice: " Res dura et regni novitas mea talia cogunt moliri et late fines custode tueri ".

ウェルギリウスはディドの口をかりてこう言っている。「必然の厳しさと国の新しさが、広大な辺境を守らんがため、私をしてこのような処置をとらせるのだ」と。

(7) Nondimanco de' essere grave al credere et al muoversi, né si fare paura da.ssé stesso: e procedere in modo, temperato con prudenza et umanità, che la troppa confidenzia non lo facci incauto e la troppa diffidenzia non lo renda intollerabile.

とはいえリーダーは信用するにも行動をおこすにも慎重であること、また自分自身の影におびえてはならない{or 自分の想像や思い込みに振り回されてはならない}。思慮と人間味をもちつつ、あまりに信用しすぎて早まることなく、また猜疑心にこりかたまって意固地にならないように。

(8) Nasce da questo una disputa, s'egli è meglio essere amato che temuto, o e converso.

ここで一つの議論が生まれるが、リーダーは恐れられるよりも愛された方がよいのか、あるいはその逆の方がよいのだろうか。

(9) Rispondesi che si vorre' essere l'uno e l'altro; ma perché egli è difficile accozzarli insieme, è molto più sicuro essere temuto che amato, quando si abbi a mancare dell'uno delli duoi.

そのどちらも必要と誰もが言うけれども、両方を兼ね備えるのは難しいから、二つのうちどちらかを捨てねばならないとすれば、愛されるより恐れられる方がいっそう確かである。

(10) Perché degli uomini si può dire questo, generalmente, che sieno ingrati, volubili, simulatori e dissimulatori, fuggitori de' pericoli, cupidi del guadagno; e mentre fai loro bene sono tutti tua, offeronti el sangue, la roba, la vita, e figliuoli, come di sopra dixi, quando el bisogno è discosto: ma quando ti si appressa, si rivoltano, e quello principe che si è tutto fondato in su le parole loro, trovandosi nudo di altre preparazioni, ruina.

なぜなら人間とは一般にこうなのだ、つまり恩知らずで、移り気で、ウソが多くてしらばっくれ、危険からは逃げ出し、儲けには目がないもの、彼らによくしてあげている間は皆あなたの仲間であり、血も家財も生活も息子たちまであなたに差し出そうとするが、先にも述べたように、そうした必要性がはるか先の時は、である。だが、いざとなると彼らは背を向け、彼らの言葉に全面的に頼っていたリーダーは、他の準備が手付かずのままだから滅びていく。

(11) Perché le amicizie che si acquistono col prezzo, e non con grandezza e nobiltà di animo, si meritano, ma elle non si hanno, et alli tempi non si possono spendere; e li uomini hanno meno rispetto a offendere uno che si facci amare, che uno che si facci temere: perché lo amore è tenuto da uno vinculo di obligo, il quale, per essere gl'uomini tristi, da ogni occasione di propria utilità è rotto, ma il timore è tenuto da una paura di pena che non ti abbandona mai.

なぜなら金品によって得られる友情{友愛}とは、精神の高貴さ偉大さを通じたものとは違ってそれだけの値打ちにとどまり、もはや長続きせず、いざという時には使うこともできない*[iii]。また人間とは恐れをいだく人よりも、愛すべき人を傷つける傾向がある。というのも愛情*[iv]は恩義{≒無償の愛}によって保たれているものだが、その絆は人間の邪悪さゆえに自分の利益のからむあらゆる機会に断ち切られてしまう、他方恐れは刑罰の恐怖から持続性があり、あなたから消えることはない。

(12) Debbe nondimanco el principe farsi temere in modo che, se non acquista lo amore, che fugga l'odio: perché può molto bene stare insieme essere temuto e non odiato.

とはいえリーダーは愛されないとしても、憎まれないように恐れられねばならず、恐れられることと憎まれないこととは見事に両立するのである*[v]

(13) Il che farà sempre, quando si abstenga dalla roba de' sua ciptadini e delli sua subditi e dalle donne loro; e quando pure gli bisognassi procedere contro al sangue di alcuno, farlo quando vi sia iustificazione conveniente e causa manifesta.

このことは市民や領民の財産、婦女子に手を出さなければ常に成し遂げられよう。ただある一族と敵対する場合には、ふさわしい正当化と公然たる理由をあげて行うこと。

(14) Ma soprattutto abstenersi dalla roba di altri, perché li uomini sdimenticano più presto la morte del padre che la perdita del patrimonio; dipoi, le cagione del tòrre la roba non mancano mai, e sempre, colui che comincia a vivere per rapina, truova cagione di occupare quello di altri: e per adverso contro al sangue sono più rare e mancano più presto.

とくに他人の所有物には絶対手を出さないように、なぜなら人間は財産の損失よりも父親の死をすぐにも忘れるくらいだから。それに所有物を奪う理由は種切れることがなく、強奪して生活し始める輩は他人の物を奪い取る理由を常に見つけ出す*[vi]。反対にお家つぶしに訴える理由はいたって稀で、すぐにも種切れとなってしまう。

(15) Ma quando el principe è con li exerciti et ha in governo moltitudine di soldati, allora al tutto è necessario non si curare del nome del crudele: perché sanza questo nome non si tenne mai exercito unito né disposto ad alcuna fazione.

しかしリーダーが大軍隊の多数の兵士を統率していくには、冷酷と呼ばれようが気にすることなどあってはならない。なぜならこうした評判なくして軍隊をまとめ上げ、軍事契約を締結することなどあり得ないのだ。

(16) Intra le mirabili actioni di Annibale si connumera questa, che, avendo uno exercito grossissimo, mixto di infinite generazioni di uomini, condotto a militare in terra aliena, non vi surgessi mai alcuna dissensione, né infra loro, né contro al principe, così nella captiva come nella sua buona fortuna.

ハンニバルの驚嘆すべき行いの中でも次のことが挙げられる、つまり彼は多種多様な民族からなるとてつもない大軍隊を率いながら、異国の土地で軍事活動を展開したにもかかわらず、兵士間でもリーダーに対しても、またよい運命にある時も悪い時も、そこではいかなる不和も生じなかった。

(17) Il che non possé nascere da altro che da quella sua inumana crudeltà: la quale, insieme con infinite sua virtù, lo fece sempre nel cospetto de' sua soldati venerando e terribile.

このことは他でもなくあの彼の人間離れした冷酷さがあったからこそできたことで、その性質が彼の数ある資質[ヴィルトゥ]と相まって、彼の兵士たちの胸にいつも崇拝と恐れ*[vii]の念を形成したのであった。

(18) E sanza quella, a fare quello effetto, l'altre sua virtù non bastavano: e li scriptori, in questo, poco considerati da l'una parte admirano questa sua actione, dall'altra dannano la principale cagione di epsa.

あの性質がなかったなら、同じ成果を得ようにも彼のその他の資質を寄せ集めたところで十分とはいかなかったろう。この点について、著述家たちは深く考えもせず、一方で彼の行いを賞賛しつつも、他方ではその結果の一番の原因を非難している。

(19) E che sia vero che le altre sua virtù non sarebbono bastate, si può considerare in Scipione, rarissimo non solamente ne' tempi sua ma in tutta la memoria delle cose che si sanno, dal quale li exerciti sua in Ispagna si ribellorno: il che non nacque da altro che dalla sua troppa pietà, la quale aveva data alli suoi soldati più licenza che alla disciplina militare non si conveniva.

それとスキピオの場合を考えても確かだと思われるが、彼の諸々の美質[ヴィルトゥ]をかき集めたところで十分とはいかなかっただろう。スキピオはかの時代はおろか物事のあらゆる記憶を通じても稀な存在で、というのも彼の軍隊はイスパニアの地で反乱を起こした。これはまさに彼のあまりの慈悲深さから生じたことであり、その性質こそが彼の兵士らをして軍規よりも放縦に向かわせたのであった。

(20) La qual cosa gli fu da Fabio Maximo in Senato rimproverata e chiamato da lui corruptore della romana milizia.

この一件は元老院のファビウス・マクシムスによって叱責され、同じく彼はこれぞローマ軍制の腐敗と呼んだ。

(21) E Locrensi, essendo suti da uno legato di Scipione destrutti, non furono vendicati né fu da lui la insolenzia di quello legato corretta, tutto nascendo da quella sua natura facile; talmente che, volendolo alcuno excusare in Senato, dixe come egli erano molti uomini che sapevano meglio non errare che correggere gli errori.

ロクリス人といえば、スキピオの代理特使の略奪にさらされたわけだが、彼らは報復もあたわず、また当の代理特使もスキピオによって処罰されることもなく、これはすべて彼の甘やかす性質から生まれたことだった。そこで元老院にてスキピオの弁護にあたった者は、スキピオというのは過ちを矯正するよりも、間違った行いをするまいとする人間であったのだ、と述べた。

(22) La qual natura arebbe col tempo violato la fama e la gloria di Scipione, se egli avessi con epsa perseverato nello imperio; ma, vivendo sotto il governo del Senato, questa sua qualità dannosa non solum si nascose, ma gli fu a gloria.

そうした性質は、もしもスキピオが帝国で同様の地位に留まっていたなら、時間とともに彼の名声と栄光を汚したことだろう。が、彼は元老院の指揮下に入ったため、危うい彼の性質は表立たずにすんだばかりか、栄光につなぎとめたのである。

(23) Concludo adunque, tornando allo essere temuto et amato, che, amando li uomini a posta loro e temendo a posta del principe, debbe uno principe savio fondarsi in su quello che è suo, non in su quello ch'è di altri; debbe solamente ingegnarsi di fuggire l'odio, come è detto.

さて結論*[viii]づけるなら、恐れられることと愛されることだが、人々が愛するのは自分あってのことで、恐れるのはリーダーあってのことだから、賢明なリーダーは他人のものではなく自分のものに基づく必要がある。ただ前にも述べたように、憎しみは何としてでも避けること。

 

 

 



[i] 教皇領の東北部、チェゼーナという小さな村がある。第6章で語られるとおり、その広場でチェーザレの右腕レミッロ・デ・オルコは死体となって晒された。ちなみに、サッカー日本代表の長友選手が最初にイタリアで所属したチームがチェゼーナだったはず。

 

[ii] マキャベリの前半の主張は、すべてを最初から作り上げていく新リーダーにとっては、過度の慈悲深さは禁物でむしろ冷酷な対処全体の秩序優先が必要というもの。

 

[iii] いきなり「金品を介した友情」が出てきて戸惑うが、すぐ上の段落内の「彼らによくしてあげている」その中身の多くなのだろうか。はっきりしているのは、リーダーと支持者の繋がりにおいて、マキャベリは金品より精神的縛りの方がその影響力と持続力大としているのは明らか。

 

[iv] マキャベリの「愛」amoreの意味にはいくつかあるようだ。一般に「アガペ(神的愛),エロース(恋愛),フィリア(友愛)」の三相で、キリスト教の説く三大徳目の一つ「アガペ」はマキャベリにとって飽くまでも想像上の世界においてのみ成り立つ。

 

[v] さて私にとってもっとも難関な箇所;次の段落あるように、「市民や領民の財産、婦女子に手を出さなければ」恐れられることと憎まれないこととはうまく両立するとあるがそんなに簡単なことだろうか、そもそもここが引っかかりの出発点となっている。やはり「恐れ」は「畏れ」でないと無理なのでは。

 

[vi] 例えばどんな具体例を考えればよいのか。かつてアジアを植民地化したヨーロッパあるいは現代のトランプ大統領、一国内で考えるとどういう人間たちを念頭に置けば文脈・文意を押さえることができるだろうか。俗にいう抜け目ない政治家たち?

 

[vii] マキャベリの「恐れ」には、ハンニバルに認められる「崇拝」の要素がある。「畏怖」といってよいのかも知れない。

 

[viii] 「リーダーは愛されるべきか、恐れられるべきか」、マキャベリの超有名な論点は、「恐れられる」側に軍配があがる。リーダーの、それも新リーダーのもっとも重要な仕事が本章では軍事力の行使にあるわけだが、成果に導くには兵士らに恐れられることが欠かせない。さてこの「軍事力」は現代に限りなく引き移すなら何に当たるだろうか、やはり軍事力いや経済力か、それとも技術力か。